京都地方裁判所 平成5年(ワ)2327号 判決 1997年5月29日
主文
一 (甲事件について)
1 甲事件被告小林敏夫は、甲事件原告佐藤春雄に対し金二一二万七二八九円及び甲事件原告佐藤敏子に対し金一五七万一六八九円、並びに、これらに対する平成三年八月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 甲事件被告小林順子は、甲事件原告佐藤春雄に対し金二一二万七二八九円及び甲事件原告佐藤敏子に対し金一五七万一六八九円、並びに、これらに対する平成三年八月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 被告国は、甲事件原告佐藤春雄及び甲事件原告佐藤敏子に対し、各金七一三万九一七八円及びこれに対する平成五年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 甲事件原告小林敏夫及び甲事件原告小林敏子の甲事件におけるその余の請求をいずれも棄却する。
二 (乙事件について)
乙事件原告小林敏夫及び乙事件原告小林順子の請求をいずれも棄却する。
三 (甲・乙事件を通じて)
訴訟費用は、甲・乙事件を通じて、
1 甲事件原告・乙事件被告佐藤春雄及び甲事件原告・乙事件被告佐藤敏子に生じた費用の各二分の一と甲事件被告・乙事件原告小林敏夫及び甲事件被告・乙事件原告小林順子に生じた費用を甲事件被告・乙事件原告小林敏夫及び甲事件被告・乙事件原告小林順子の
2 甲事件原告・乙事件被告佐藤春雄及び甲事件原告・乙事件被告佐藤敏子に生じた費用の各四分の一と被告国に生じた費用の二分の一を甲事件原告・乙事件被告佐藤春雄及び甲事件原告・乙事件被告佐藤敏子の
3 甲事件原告・乙事件被告佐藤春雄及び甲事件原告・乙事件被告佐藤敏子に生じた費用の各四分の一と被告国に生じた費用の二分の一を被告国の各負担とする。
四 この判決は、第一項の1、2に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
1 甲事件被告・乙事件原告小林敏夫(以下「被告敏夫」という。)及び甲事件被告・乙事件原告小林順子(以下「被告順子」という。)(以下、被告敏夫及び被告順子を「被告ら」と総称する。)は、甲事件原告・乙事件被告佐藤春雄(以下「原告春雄」という。)に対し、各金一七三二万八九四五円、並びに、内金一四二八万五五一〇円に対する平成三年八月五日から、及び内金三〇四万三四三五円に対する平成五年一〇月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 被告らは、甲事件原告・乙事件被告佐藤敏子(以下「原告敏子」という。)に対し、各金一五七一万五五一〇円、並びに、内金一四二八万五五一〇円に対する平成三年八月五日から、及び内金一四三万円に対する平成五年一〇月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 甲事件被告国(以下「被告国」という。)は、原告春夫及び原告敏子(以下、原告敏夫及び原告敏子を「原告ら」と総称する。)に対し、各金一一二二万五六八一円、並びに、内金一〇二〇万五六八一円に対する平成四年一一月五日から、内金一〇二万円に対する平成五年九月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 乙事件
原告らは、被告ら各自に対し、連帯して各金二〇〇〇万円及び内金一八〇〇万円に対する平成三年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第二事案の概要
本件は、原動機付自転車と自動二輪車とが正面衝突した交通事故により、双方の運転者が死亡したため、双方の遺族らが相互に損害賠償請求(甲事件は原動機付き自転車の、乙事件は自動二輪車の各運転者の父母からの請求であり、乙事件では各一部請求)に及ぶとともに、甲事件では、原動機付自転車の遺族が被告国からの補償事業の給付による代位請求に応じた支払分について、これを非債弁済による不当利得であるとして返還請求に及んだ事案である。
一 争いのない事実等
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)(争いがない)
(一) 日時 平成三年八月四日午後一時一〇分ころ
(二) 場所 京都府相楽郡南山城村大字高尾小字奥山三番地先の府道上野南山城線の路上(以下「本件路上」という。)
(三) 事故態様 佐藤哲也(以下「哲也」という。)運転の原動機付自転車(車両番号なし、以下「原告車」という。)が本件路上を南行して走行中、北行して来た小林新児(以下「新児」という。)運転の自動二輪車(車両番号・一大阪た二五八二、以下「被告車」という。)と正面衝突した。
2 本件事故による死亡と相続の発生
(一) 哲也は、本件事故により、脳挫傷及び右下腿骨折等の傷害を負って即死した(争いがない)。そのため、原告春雄及び原告敏子は哲也の父母として、法定相続分各二分の一宛で相続した(弁論の全趣旨)。
(二) 新児は、本件事故により、脳挫傷及び胸部・腹部打撲等により即死した。そのため、原告敏夫及び原告順子は哲也の父母として、法定相続分二分の一宛で相続した(弁論の全趣旨)。
3 損害の填補
(一) 原告らは、本件事故による損害の補填として、自賠責保険から各一五〇〇万〇八〇〇円の支払をそれぞれ受けた(争いがない)。
(二) 被告らは、原告車が無保険車両であったため、平成四年九月二九日、被告国から政府の保障事業による損害の補填として二〇四〇万〇一八四円の給付を受けた(乙三)。
4 被告国による損害賠償請求権代位行使に対する原告らの支払
(一) 被告国は、原告らに対し、平成四年一〇月三〇日、被告らに対する右損害補填支払による求償のための損害賠償請求権の代位行使として、国の債権の管理等に関する法律一三条一項に基づき、各損害賠償金債権一〇二〇万〇〇九二円及び延滞金債権(元本に対する履行期限の翌日である平成四年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合)の回収通知をした(乙五)。
(二) これに対し、原告らは、被告国に対し、各一〇二〇万五六八一円を納入した(以下「本件納入」という。)(乙六の1、2)。
(三) そこで、被告国は、右納入額について、内金六九六七を延滞金に、内金一〇一九万八七一四円を元本にそれぞれ充当したので、残元本が各一三七八円になった(乙六の1、2)。
二 争点
1 新児の過失態様に関連して、本件事故の態様における衝突場所が原告車の進行車線の中央部付近であったか、本件路上の中央線付近であったか。(甲・乙事件を通じて)
2 哲也の本件事故についての過失の有無(甲・乙事件を通じて)
3 原告らの損害額如何(甲事件)
4 被告らの損害額如何(乙事件)
5 原告らの被告国に対する本件納入が不当利得を構成するか否か。(甲事件)
第三争点に対する判断
一 争点1の本件事故発生場所及び新児の過失の有無について
1 当事者の主張
(一) 原告ら
新児は、被告車を運転走行させて本件路上を木津方面に北行して走行中、本件路上で先行車を追い越すためか、あるいは単に右カーブに沿わないで直線的に走行するため、対向車線上の安全を確認することなく、漫然と車線変更して対向車線上に出た過失により、折から本件路上を南行して走行中の原告車の発見が遅れ、衝突を回避するための適切なハンドルやブレーキ操作の間もなく、原告車の進路である上野行車線の中央部付近で正面衝突し、本件事故を惹起させた。したがって、新児は自賠法三条ないしは民法七〇九条に基づく責任を負うべきであった。
(二) 被告ら
新児は、被告車を運転して木津行車線を走行中、原告車が本件路上付近のカーブをアウト・イン・アウト走法で木津行車線上に入り込んで走行して来るのを発見したため、衝突を回避するため、被告車を上野行車線に変更して進行させていたところ、原告車が上野行車線に戻ろうとしているのに気付いて、あわてて被告車を木津行車線に戻そうとしたものの、衝突して本件事故に至った。したがって、新児には、本件事故についての過失がなく、自賠法三条但書所定の免責事由がある。
(三) 被告国
本件事故は、本件路上のセンターライン付近で生じた衝突によるところであるから、新児及び哲也の双方の過失によるものであり、哲也の過失割合も六割が相当である。
2 本件事故発生状況に関連する証拠内容
本件事故発生状況に関連する証拠の内容の概要は、次のとおりである。
(一) 本件路上を含む府道上野南山城線の状況
本件路上は、府道上野南山城線の木津と上野間にあって、本件路上の北側から南側へは上り勾配で、いわゆる山道として、左右に蛇行している道路状況にある。(甲二)
(二) 本件事故現場の状況
本件事故発生現場の状況及び本件事故後の平成三年八月四日午後二時一〇分ころの状況は、別紙現場見取図(以下「見取図」という。)表示のとおりである。すなわち、
(1) 本件路上は木津方面の高山ダムから上野方面の月ケ瀬方向に向かう南行車線を上って来ると、右カーブに続く緩やかな左カーブであり、その先は再び右カーブになっているところ、本件路上の東側路肩付近に繁茂した樹木等のため、路肩に近い側である上野行車線においては、約五〇メートルに及ぶ左カーブの前後での直線方向の見通しが不良である。なお、木津行車線における本件路上手前に当たる北側の右カーブ状の道路左端にはカーブミラーが設置されているものの、本件路上付近での南北の見通しのための効用を有するものではない。(甲二、検甲一、検乙一の1ないし18)
(2) 本件事故後の平成三年八月四日午後二時一〇分ころになされた司法警察員による実況見分時の状況においては、見取図<1>地点に新児が転倒し、<2>地点に新児の血痕が付着し、<ア>地点に原告車のものと思われるオイル痕が印象され、<イ>地点に哲也の血痕が付着し、<ア>地点に原告車が救急隊員により移動されていた。そして、本件路上には、見取図表示のとおり、擦過痕がサ1~サ2に六・三メートル、サ3~サ4に一・一メートル、サ5~サ6に〇・八五メートル残され、計測された。(甲二)
(二) 乗員の本件事故当時までの行動状況
(1) 哲也は、昭和四九年五月四日生まれで、本件事故当時満一七歳であり、中学卒業後就職したが、転職を重ねていたところ、平成二年六月二八日自動二輪の運転免許を取得し、本件事故当時には自動二輪車のほかに原告車も所有し、友人らと休日等に本件路上付近で原告車を往復させ、あるいは談笑するのを楽しみとしていた。(甲二三、証人紙屋、同神谷、原告春雄本人)
(2) 新児は、昭和四六年一二月四日生まれで、本件事故当時満一九歳であり、高校卒業後、電気機器の設置販売等を目的とする会社の工事部に就労していたところ、昭和六三年三月一七日原動機付の、平成三年一月二二日自動二輪の、同年四月九日普通第一種の各運転免許を取得し、原動機付き自転車や自動二輪車の運転を趣味として、本件路上で被告車を往復させていわゆるローリングを友人らと楽しんでいた。(丙一〇、一二、一三、被告敏夫本人)
(三) 車両の損傷状況
(1) 原告車は、本件事故後、ハンドルが右へ曲損し、前照灯が割れ、前フォークも曲損して大破の状況にあった。そして、その詳細は、前輪の右へのよじれとフロントホークの後方歪曲及び右ブレーキディスク前部の外方向歪曲、前照灯部付近が破損脱落、ガソリンタンク右前側面に凹損、同タンクに赤色付着物を印象させていること、前輪リム左側と左ホークの損傷である。(甲二、丙一の3、丙一五の1、2)
(2) 被告車は、本件事故後、ハンドルが右へ曲損し、前照灯が割れ、前輪がパンクして大破の状況にあった。そして、その詳細は、前輪右前側面において泥除けの破損断裂、右ブレーキディスクの車輪内側方向への歪曲、右フロントホーク前部の原告車前輪タイヤの衝突によるものと思われる黒色擦過付着物と右フロントホークの後方歪曲、右フロントホーク後方の車体フレームの損傷とその上後方歪曲、前輪タイヤがリムからはずれ、前照灯部付近が破損しぶら下がっていることのほか、被告車エンジン下方車体底部右側面に上下方向の擦過痕が印象されていた。(甲二、丙一の3、一五の1、2)
(四) 友人らの本件路上の状況等についての供述
(1) 新児の友人であった河村忠昭は、新児の後方をバイクで追従して本件事故直後の本件路上に至ったところ、原告車が本件路上の道路中央部に倒れているのを発見したので、一旦右箇所を通過して、出会った対向車の自動二輪車や後続車の運転者らに右状況を告げて注意を促した後、直ちに本件路上に戻り、新児及び被告車を発見して、初めて本件事故の発生を了解した。その後、しばらくは本件路上で友人たちが集合し、あるいは通りかかった車両から降りて来た中年女性らとともに事故状況等を見ていたところ、原告車が見取図の<ア>地点付近に移動され、ガソリンが漏れているのに気付いた。(丙五の1、六)
(2) 新児の友人であった平井智也や播忠興らも右河村に続いて本件路上に到着し、河村の前記認識と同様の状況を認識した。(丙七、八、証人平井)
(3) 哲也の友人であった紙屋清次も、哲也の後方を時速約四〇キロメートルで原動機付自転車を走行させて追従し、本件事故直後の本件路上に至ったところ、原告車が見取図の<ア>地点付近に煙を出して大破しているのを発見したが、哲也の姿がないので、停車して探したところ、見取図の<イ>地点に横たわっている哲也を発見した。(証人紙屋)
(4) 哲也の友人であった神谷文生は、哲也らとともに本件路上付近でローリングをしていたところ、紙屋からの通報を受けたので、直ちに本件路上に行き、哲也の介抱に当たるなどしていたところ、救急車が到着して哲也を搬送する際、原告車を本件路上の<ア>地点に運んでいた。それまでは原動機付き自転車が本件路上のセンターライン付近にあったか、東側路側帯付近にあったかは記憶していないものの、センターラインに沿って転倒していた。(証人神谷)
(五) 鑑定意見
(1) 京都府木津警察署長からの鑑定依頼による京都府警察本部刑事部鑑識課長小西公唱作成の「交通事故事件の痕跡鑑定結果について」においては、前記実況見分結果及び車両の損傷状況によれば、本件事故は、原告車と被告車が上野行車線の中央付近で、ともに左方向に向いた前輪が重なり、いわゆるオフセットした状態で正面衝突し、原告車がわずかに押し戻されて横転停止し、被告車は車体右側を下にして横転し、左斜め前方に滑走し、道路西側の山肌に乗り上げて停止したものと推認することができるとの鑑定意見を提出した。そして、同鑑定の理由中の意見として、本件路上に残された擦過痕のうち、サ1~サ2は被告車の本件事故による転倒滑走時のものと認定できるが、サ3~サ4、サ5~サ6については、原告車が本件事故により横転滑走移動を殆どしていないと推認され、原告車の本件事故による擦過痕が上野行車線の直角方向に印象される可能性は否定されるとしている。(甲二四、丙一の2)
(2) 更に、右鑑定意見では、乗員の衝突状況について、右事故態様のほか、哲也の着用していた革製つなぎの赤色塗料が被告車のフロントフェンダーからハンドル部の損傷変形部に大量に付着し、新児の着用していた革製つなぎの青色塗料が原告車のハンドル部の損傷変形部に少量付着していることを総合すれば、車両の正面衝突によって、哲也の身体が被告車の両乗車位置から前方にスライド移動して被告車に衝突し、はね戻された状態で左斜め後方に投げ出され、道路東側草地に落下したこと、新児の身体も原告車に衝突し、被告車とともに横転して左斜め前方に滑走し、道路西側の山側に停止したことを推定することができるとしている。(甲二四)
(3) 被告らの依頼により本件事故の態様等について鑑定意見を提出した中原輝史作成の鑑定書においては、前記実況見分の結果及び車両の損傷状況等を総合して、原告車と被告車の衝突地点について、両車両がともに反対車線から自車線に復帰しようとしていたとして、センターライン上付近と考えて妥当であるとしている。そして、その理由としては、一般的に右カーブする道路では高速走行する車両がセンターラインの外・内・外を通過するアウト・イン・アウト走行をしやすいのに比して、左カーブでは同走行がし難くなること、被告車前輪が一〇度ないし二〇度程度の角度で原告車右前ホーク、車軸前輪付近に衝突したものと認められること、前記小西鑑定では被告車の本件路上への擦過痕の滑走幅中央付近に漠然と巻き尺を置いて滑走方向を認定している(丙一の2)ところ、被告車の擦過痕を現場で確認のうえ実測すると、前記角度であったこと、右角度での衝突を前提にすると、本件路上のサ3~サ4、サ5~サ6の擦過痕が原告車の本件事故による衝突後の滑走によるものであり、見取図の<ア>地点まで進行し、かつ、同地点で哲也の身体が原告車から放出され離脱して<イ>地点に至ったものと考えて妥当であること等が挙げられている。(丙一五の1、2、一七)
2 証拠評価
(一) (紙屋の供述について)
紙屋清次の前記供述のうち、原告車の転倒位置についての点は、他の供述者の認識と齟齬しているばかりでなく、原告車が当初の位置から移動させられていたとの供述内容には具体性と合理性もあるといえるので、これと比較して措信できないというべきである。
(二) (中原鑑定について)
中原作成の鑑定書記載の鑑定意見は、原告車が本件事故により見取図の<ア>地点まで滑走停止したものとしている点で、擦過痕の評価を誤っているところ、被告車の滑走方向がセンターラインとの間で一五度ないし二〇度程度であるとしても、本件事故が二輪車間の衝突であって、衝突前後の機会におけるハンドル操作の余地もあり、元来、被告車の方が上方から高速で走行していたと推認できる事情をも考慮すれば、中原鑑定意見を排斥するに足りる事情であるとまではいえない。
(三) (被告車の速度等について)
そして、本件事故により、原告車がその場かあるいはやや後方に転倒し、哲也の身体が左斜め後方にはね飛ばされ、その衝撃により哲也及び新児がほぼ即死したこと、原告車及び被告車の本件事故前の制動痕が残されていないこと等の事情を総合すれば、哲也と新児との間で相互の走行状況を視認できた時点では、原告車と被告車との間に約二〇メートル程度の車間距離しか残されていなかったと推認できるとともに、被告車の走行速度は原告車の速度を大きく超えて、時速約六〇キロメートル程度であったと推認することができる。
(四) (新児の過失について)
そこで、前記証拠を総合すると、本件事故は、新児が被告車を時速約六〇キロメートルで運転走行させて木津行車線を進行していたものの、右カーブに差し掛かった際、上野行車線を対向して来る原告車が道路脇の樹木等のために視認できなかったため、対向車はないものと軽信し、右カーブを直進しようとして、上野行車線に進入したところ、折から上野行車線を対向して来た哲也運転の原告車が時速約四〇キロメートルで被告車のほぼ正面に進出して来たため、木津行車線に戻ろうとしたものの間に合わず、上野行車線上で被告車前輪右側を原告車前輪右側に衝突させて、原告車をその場付近に転倒させるとともに、哲也の身体を哲也の左斜め後方にはね飛ばして、見取図の<イ>地点にまで落下させて、本件事故を惹起したものと認めるのが相当である。
3 新児の責任原因について
したがって、本件事故について、新児には右認定の過失があり、自賠法三条ないしは民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負うべきであったと認めることができる。
二 争点2の哲也の過失の有無について
原告らは、本件事故が新児の右過失によるものであって、哲也には過失がない旨主張する。しかし、前記一で判示のとおり、前記認定の本件事故現場の状況において、哲也が時速約四〇キロメートルで原告車を運転走行させて上野行車線を走行して本件路上に差し掛かった際、進路前方がゆるやかな左カーブであって、路肩の樹木等のため、進路前方の安全を確認できなかったのに、道路左端に寄らず、漫然と前記速度のまま進行したため、折から対向車線に出て進行して来る被告車を進路前方約二〇メートルの地点に発見したので、直ちに左転把したものの間に合わず、上野行車線の中央線寄りの地点で双方の前輪部分を正面衝突させて、本件事故に至らせたものと認められる。
三 甲事件における原告ら主張の損害額の当否について
1 哲也の逸失利益(主張額・六五一四万三六四〇円)
(一) 原告らは、哲也の本件事故による逸失利益として、平成三年賃金センサスの全年齢平均給与額を基礎年収として、就労可能年数四九年間における生活費控除率を四割とし、新ホフマン方式による中間利息控除をして、現価を求めれば六五一四万三六四〇円になると主張する。
(二) そこで検討するに、前記認定の哲也の年齢及び生活状況等に照らせば、哲也の本件事故による逸失利益としては、平成三年賃金センサスの産業計・企業規模計・男子労働者の小学・新中卒・一七歳以下の平均年収一七六万二二〇〇円を基礎年収として、就労可能年齢六七歳までの五〇年間における生活費控除率を五割、新ホフマン方式(係数二四・七〇一九)による中間利息控除をして、現価を求めるのが相当であるから、その算出額は二一七六万四八四四円となる。
(計算式)
一七六万二二〇〇円×〇・五×二四・七〇一九=二一七六万四八四四円
2 原告らの慰謝料(主張額・合計二二〇〇万円)
本件事故の態様・結果等の諸般の事情を総合すれば、原告らの本件事故による慰謝料としては、原告ら各自について各九〇〇万円で合計一八〇〇万円が相当である。
3 原告春雄負担の葬儀費その他(主張額・合計二九三万六八七〇円)
(一) 原告春雄は、本件事故による葬儀費その他の負担額として、病院代六万八〇〇〇円、葬儀代一六八万〇八二四円、読経代二一万円、香典返し九六万八二〇〇円、位牌代九八四六円の合計二九三万六八七〇円を支出したので、その損害賠償を求めると主張する。
(二) そこで検討するに、証拠(甲一四ないし二二、原告春雄本人)によれば、原告春雄が右主張額を支出したことが認められるものの、本件事故の態様並びに原告及び哲也の生活状況等に照らせば、病院代六万八〇〇〇円及び葬儀代一〇〇万円の合計一〇六万八〇〇〇円の限度で相当因果関係を認めることができるに止まるところである。
4 過失相殺
本件事故の原因をなした哲也と新児の前記過失態様を対比すれば、原告ら主張の損害合計から一割を控除するのが相当である。したがって、原告らの前記1、2の損害については、残額合計が三五七八万八三五九円となり、原告春雄の前記3の損額残額は九六万一二〇〇円となる。
5 損益相殺
原告らは自賠責保険から合計三〇〇〇万一六〇〇円の支払を受けたので、これを原告らの前記1、2の損害残額合計三五七八万八三五九円から控除すれば、残額が合計五七八万六七五九円となるので、原告ら各自については各二八九万三三七九円となる。
6 弁護士費用(主張額・原告春雄につき合計三一五万円、原告敏子につき二八六万円)
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告春雄につき四〇万円、原告敏子につき二五万円と認めるのが相当である。
四 乙事件における被告ら主張の損害額の当否について
1 新児の逸失利益(主張額・四七一四万三四一九円)
(一) 被告らは、新児の本件事故による逸失利益として、平成三年賃金構造基本統計調査(労働省製作調査部編)の全労働者平均給与五二一万五八〇〇円を基礎年収として、就労可能年数四八年間における生活費控除率を五割とし、ライプニッツ方式による中間利息控除をして、現価を求めれば四七一四万三四一九円になると主張する。
(二) そこで検討するに、前記認定の新児の年齢及び生活状況並びに証拠(乙二)により認められる収入状況等に照らせば、新児の本件事故による逸失利益としては、株式会社ミヤビでの平成三年六及び同年七月分の収入額に基づき認定される三五〇万九〇四〇円を基礎年収として、就労可能年齢六七歳までの四八年間における生活費控除率を五割、新ホフマン方式(係数二四・一二六三)による中間利息控除をして、現価を求めるのが相当であるから、その算出額は二七九〇万八〇九七円となる。
(計算式)
三五〇万九〇四〇円×〇・五×二四・一二六三=四二三三万〇〇七五円
2 葬儀費その他(主張額・合計二二〇万円)
(一) 被告らは、本件事故による葬儀費及び墓石代等合計二二〇万円の損害を被ったと主張する。
(二) そこで検討するに、証拠(丙一八の1、2、被告敏夫本人)によれば、原告ら新児のための葬儀代等として、一一九万八七五〇円を支払ったことが認められるものの、本件事故の態様並びに被告ら及び新児の生活状況等に照らせば、葬儀代一〇〇万円の限度で相当因果関係を認めることができるに止まるところである。
3 新児及び被告ら固有の慰謝料(主張額・合計三〇〇〇万円)
本件事故の態様・結果等の諸般の事情を総合すれば、新児らの本件事故による死亡慰謝料としては、原告ら各自について、新児からの相続分及び固有の慰謝料を含めて、各自九〇〇万円合計一八〇〇万円が相当である。
4 過失相殺
本件事故の原因をなした哲也と新児の前記過失態様を対比すれば、被告ら主張の損害合計六一三三万円〇〇七五円から九割を控除するのが相当である。したがって、原告らが被告らに対して支払うべき損害額は、合計六一三万三〇〇七円の二分の一に相当する三〇六万六五〇三円となる。
5 損益相殺
被告らは自賠法に基づく政府の保障事業により被告国から合計二〇四〇万〇一八四円の給付を受けたので、被告らの右損害残額合計から控除すると、一四二六万七一七六円の過払いとなっていることになる。
6 弁護士費用(主張額・被告ら各自につき一〇〇万円)
被告らは弁護士費用相当損害として、被告ら各自につき各一〇〇万円を主張するけれども、前記判示により、失当である。
五 甲事件における原告らの被告国に対する不当利得返還請求の当否について
1 (本件納入根拠)
証拠(乙二)によれば、被告国は、平成五年一〇月二六日ころ、自賠法に基づく政府の保障事業における給付額を検討し、新児の本件事故による損害について、死亡までの傷害分として治療費三万九七六〇円及び文書料六一五〇円、死亡による損害として葬儀費五三万円、逸失利益四二三二万九五四九円、慰謝料八五〇万円を認定したうえで、新児の本件事故における過失割合を六割と認定して、これを控除することとし、死亡までの傷害分一万八三六四円と死亡による損害二〇三八万一八二〇円を合算した二〇四〇万〇一八四円を給付することとしたことが認められる。
2 (本件納入)
そして、これに基づき、原告らが被告国に対し平成四年一一月四日に遅延損害金を含む各一〇二〇万五六八一円の本件納入をしたことは争いがない。
3 (不当利得の成立)
しかし、原告らが被告らに対して支払うべき本件事故による損害賠償額は、前記判示のとおり、各三〇六万六五〇三円に止まるところであるから、被告国への右支払額各一〇二〇万五六八一円との差額各七一三万九一七八円については、いずれも法律上の原因を欠くものというべきであり、原告らは同額の損害を負い、これにより被告国が利得を得たものと認められる。
4 (弁護士費用について)
原告らは、被告国に対する右不当利得返還請求のための弁護士費用相当の損害を被ったとして、原告各自について、各一〇二万円の賠償を請求する。そこで検討するに、原告らの被告国に対する甲事件での請求の当否は、被告らに対する請求の当否に付随して、自ずから定まるところであり、前記認定の本件事故の態様及びその発生原因における過失割合認定のための資料が不足していたこと等の事情に照らせば、原告らが被告らに対する請求結果に基づいて返還請求した場合であれば格別、敢えて併合提起の必要までがあったとは認め難いので、弁護士費用についての原告らの右主張は失当である。
5 (結論)
(一) 原告らは、被告国に対し、本件納入についての不当利得返還請求として、本件納入額及び弁護士費用の合算額一一二二万五六八一円、並びに、本件納入分の内金一〇二〇万五六八一円に対する非債弁済日の翌日である平成四年一一月五日から、弁護士費用相当額の一〇二万円に対する甲事件の訴状送達の日の翌日である平成五年九月二八日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると主張する。
(二) しかしながら、原告らの被告国に対する請求については、そのうち、本件納入額のうちの各七一三万九一七八円及びこれに対する甲事件の訴状送達の日の翌日である平成五年九月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると認められるけれども、その余の請求部分は、被告国の不当利得についての悪意を認めるに足りる証拠がないので、理由がない。
(三) 原告らは、被告国に対する右認容部分について、仮執行宣言を求めるけれども、その必要がないものと認め、これを却下する。
(裁判官 伊東正彦)
別紙現場見取図〔略〕